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北斎の偉業 高橋新さんより

北斎の偉業


小一時間ほどの北斎を起用した観光振興の話をある行政の方々にした後に、唯一の質問が、「広重じゃダメですか?」。

ほとんどの人は北斎を浮世絵師と捉えておりますが、彼は世界で一番知られ、人気のある日本の芸術家であり、日本のダビンチと言える芸術家です。
当時知識、情報の伝達は摺物。北斎が出した摺物の数は膨大で、当時の日本を代表する知識人そしてインフルエンサーであったと思われます。

加えてシーボルトとの交流は、多くの謎を含んでいます。当時軍事的にも重要であった天文学にも精通しており、北辰信仰、自らの名前も北斎に。

当時で180センチを超える大男、89歳で他界するまで絵を描き続け、93回の引越し、30数回の改名。それだけでもいかに非凡で謎大き人物かが分かると思います。

83歳にして初めて訪れた長野小布施。
そこにある岩松院天井画の八方睨み鳳凰図などは、一部は、優秀な絵描きであった娘の応為が描いたとも言われています。
その応為も北斎の死後、行方がわからずに。

北斎ワールドは果てしなく、宇宙につながっているようです。

下記も是非ともご覧ください。
これが88歳の作品!? 葛飾北斎が老いてから描いた画が強烈すぎる(幕末ガイド)

 

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