1. HOME
  2. 和のすてき
  3. 二條さま
  4. 二條さま古事記のお話しの2 第一話の2

二條さま古事記のお話しの2 第一話の2

ちょっと暖かい

今日は「アメノミナカヌシ」という、古事記で一番最初に出てくる神様が、どんなお祀りなのかという事をお話ししようと思うのですが、ものすごくスピード感を持って話さなくてはいけないのです。
人類は、アフリカのちょうど真ん中ぐらいから発生して、哲学を持った事によって、東へ、東へ。
「あの太陽が欲しい。あの太陽があれば、なんとか体は温まるし、相手を視認する事が出来る。」
相手を「藤井くんだ。」とわかる。
相手を「近藤くんだ」とわかるのは、この明かりがあるからであって、真っ暗であったら誰かわからない訳です。
隣にライオンがいたらすぐ食べられてしまうけど、明かりがあれば、ライオンがいるからと逃げる事が出来る。
それから少し暖かい。
まさに「水ぬるむ」という。
今日のテーマなのですが、「ちょっと暖かい」。

ありがとうを世界中に
Arigato all over the World

 

 

 

「あいつ」を祀る人

この太陽が暖かくなってくれば、だんだん水がぬるんでくるのです。
水がぬるんでくると、土が柔らかくなる。
土が笑うようになってきて、体が暖まってくる。
「これ、ありがたいから欲しい」と思うから、「あいつを取りたい」と思ったのが、人間が持った一番最初の哲学だ、という事は、以前にもお話しました。
で、東へ東へと我々はやってくる。
大体ここまでの話で1回ぐらいなのですけれど。
東へ東へってやって来る。
日本にやって来た。
でも、もう東に行っても、前には大きな水溜まりしかない。
勿論、勇気のあるものは、船で前に出て行ったものもいる。
そういうもの、メラネシアとか、ハワイ等にいるような人達、というのは、冒険者で、船で「あいつ」を取りに行こうとした人達です。
けれど、大抵の場合は、「あのザブンザブン来るものに入っていくのが嫌だ」。
大体3キロも向こうに行ったら、もう戻って来れなくなってしまいますから、船だって今みたいに綺麗な船ではなくて、丸太をちょっと寄せたものばかりだから、波の一つもかかってごらんなさい、一発ですよ。
で、無理だった。
じゃあ、どうしたんだという話です。
まずは、「あいつ」を祀る人を考えてやったのです。
「あいつ」の事だけ考えている人だけを一人作る。
ずっと観察している人を作る。
で、その人の言うことを聞くようになる。
これが「王権」と言うのです。

 

 

アメ・ノ・ミ・ナカのヌシ

「あいつ」の事だけ考えていればいい、あなたのご飯は私達が作る。私達が用意する。
だから毎日観察して。
例えば、「こういう風になったら雨が降る」とか、「こういう風になったら曇る」とか、そういうのも、観察すればわかるようになるし、冬はこんな低い所から出るし、夏はこっちの方から出るし、と、だんだんと観察の結果がわかってくる。
どんどん「あの人」の事を掌握するようになったら、「あの人」の事を語れるものが出てくる。
これが「王権」、「王様の権利」になっていくのです。
その人の言う事を聞くようになる。
なのだけど、皆が欲しくて、東に来たのです。
一人一人が欲しい訳じゃないですが、欲しいのです。
どうやって手に入れるかという話。
唯一手に入れられる方法があるのです。
それがこれなのです。
ある時、川に行きました。
水を手ですくいました。
そうしたら、「あいつ」がここに映っていたのです。
採りたくてしょうがなかったのだけれど、その為に東へ東へと来たんだけれど、捕まえられなかったのに、こうやってすくったら、ここに映っていたのです。
それは、びっくりでしょう。
「手に入れた」と言う話です。
「アメ・ノ・ミ・ナカのヌシ」なのです。
「雨」という、上から降ってくる水、の中に、主がいた。
「アメノミナカヌシ」とは、水の神様なのですよ。
その水の神様も、太陽も、月も、そこに入れる事が出来る。
「雨のみ」なのです。

 

 

一番重要な祭具は、「水」

「雨の・みなか主」というと、「の」は助詞の「の」になってしまう、格助詞の「の」になってしまうのだけれど、「雨・のみ・中」という風に読むと、「雨しか中に主をとどめておけない」という事を、人間、というか日本人が解った訳です。
神祀りの時には、神様を呼びたいから、一番重要な祭具は、「水」という事になるのです。
ちょっと思い出して下さい。
神棚にあげる時に、我々一番最初に何をあげますか?
お水なのです。
神器で、上が尖っていて、下が丸くなっていて、お水を入れる、「水玉」というもの。
水玉が、祭祀で一番重要な祭器という事です。
私も毎朝、例えインフルエンザで39℃の熱を出しても、毎日、お水だけはあげています。
お水だけは、旅行や講演等に行っても、ホテルであげる。
ホテルにはコップが添えつけてあるので、それであげます。
今私は、すごく睡眠不足なのですが、朝起きたらもう眠いんです。
起きるのが辛くて眠くてしょうがないし、今の時期、きっと花粉で寝てる間も目をこすっていて、起きると目ヤニが沢山ついていて目が開かない状況でも、一番最初に水道まで行って、そこにあるコップに水を汲んで窓辺まで行って、備えて手を叩く。
自分は、その後は二度寝をしてもいい事にしています。
まず一番最初のお祀りとは、これなのです。
神様に水をあげているのではなくて、神様をここに呼んだのです。
だから、水玉って、変な形をしていないですか?
あれは、雨の形をしているんです。
こうなっている。
水玉は、上から水が落ちてきて、あの形全部に神様が映る、と、目のいい人達が見たのですね。
たまったら、そこに月も映るし、陽も映る。
だからもう、お水をあげるという事が、お祀りなのです。
ぬっと行って、たっと居なくなった。
「アメノミナカヌシ」とは、「隠れた」のではなくて、「みんなの中に行った」という事。
私が水を飲んだら、「あ、宗匠お水を飲まれてる」と、こういう事になってしまうけれど、水は飲む為だけではなくて、神を映す事が出来たという事なのです。

 

 

神様のお水をどうされますか

東京ではここまでの話を、3時間ぐらいするのです。
もう巴投げね。
ここでは30分でこれを話すわけです。
ですので、一番最初にマイ神棚をつくろうと思っていらっしゃる方。
まず、一番最初に用意するものは、水を入れる容器という事になります。
水を入れる容器をお持ちでない方。家にコップのない方、私が差し上げます。
さっき使ったもの、それで構わない。
勿論、神具屋さんや仏壇屋さんに行って頂くと、「水玉」という神器が売っています。
一番安いもので、150~160円だと思います。
よく旅行に行かれる方は、小さいものを持って動いてらっしゃる方もいるのだけど、それだと、ホテルでするとすると、部屋を出る時にその水をどうするかという話になります。
でもホテルだとコップが据えてありますので。
窓べに置いたとすると、多分、部屋をクリーニングしてくれるお姉さん達がなんとかしてくれます。
責任をその人達でやることが出来ます。
あと、毎日とか月に1回とか、お水をあげていらっしゃる方は、そのお水をどうなさってますか?
入れ替える時に捨ててしまう?
どこに捨てます?
水道?
私は、植木にやっています。
うちに綾乃という弟子がいますが、綾乃は階段を下がる時に階段から外に捨てているそうです。
バッと。
そのお水をどう扱うかという事にもなってくる訳です。
半月に1回とか、ひと月に1回だと、ちょっと飲むのは嫌ですが、毎日であれば、例えば米の中に入れてやってもいいのです。
もしくは、お茶を飲む時にちょいとそこに入れちゃっても構わない。
もったいないですからね。
地面に撒くというのだって、水道で流すというのだって、功徳の一つだと思います。
ただ、半月、1ヶ月となると、そのお水どうするか、私が思うに、植木にやったらいい。
そして新しいものを汲んで来る。
勿論、お便所に流しても構いません。
本当です。
お便所に流しても構わないんですよ。
循環するから。
「えー?お便所に流しちゃうのー。」と思っている人もいるでしょうが、それは神様が、あなたはそう思っていらっしゃる神様が、お便所は不浄だと思ってるからです。
だけど、お便所は我々の最後のものが出て向こうに行くんだという風に考えると、それで流してあげる事によって循環して、またお水は戻って来るという感覚にもなる。
だから、どこに流しても、どうしてもいいのです。
飲んでしまうという人もいる。
1日ぐらいだったら飲める、と、キュっと。
それは、神様が映った水が身体に入ると言う事。
どうされても大丈夫。
だから困っていないで好きなようになさい。
半月、1ヶ月だって、透明だったらご飯を炊く時に使ったって問題ないと思います。
よっぽど夏の蒸せている時じゃない時以外であれば。
蓋が開いてるから埃が入るから、それは…となるのだったら、口の中に入れるのはちょっとねと思ってらっしゃる方はそうすればいい。
今みたいに水道の蛇口をひねったら水を得られるという時代ではない人は、ちゃんとそのお水を扱ったと思います。
遠くの所から汲んで来て、それを神様を映す所まで持って来る。
というような、そういう大変な時の人は、それをこぼす時は、例えば手を洗う為に使ったとか、顔を洗う為に使うとか、大切にしていたと思います。

 

 

神観念 己を見る

そして、ここが重要です。
「神観念」というのですが。
今回の、ここでやる古事記の話というのは、「神観念」がつくという事なのです。
ですから、フィロソフィーのお稽古になるのです。
これは哲学なのです。
決してスピリチュアルではありません。
「神観念」というのは、「自分が持っている神様の観念がどういうものであるか」という事を自分で観る、「内観」というものに繋がっていく訳です。
お祀りをするという事が、実は最終的に「内観」になっていくのです。
「内観」というのも大陸の方から来た言葉なので、日本語で言うと、「己を見る」ことになります。
ただし、残念ながら、己を見る事は出来ません。
何故かというと、そういう面を持ってる人がいたのだったら、ちょっと教えて頂きたいのですが、ただ鏡を見れば己を見る事が出来ますが、「映し様」でございます。
実は中が見れません。
なので簡単には中が見れないのですけれども、観念を固める事によって、神様の観念を固める事によって、「自分がどういうものであるか」という事に繋がっていくという事なのです。
これは皆さんが「人神(じんしん)」という、前回の古事記をやったから、次に来れたという事なのです。
一番最初に「古事記の話ですよ」と聞いて来て、「なんだ、古事記の話じゃないじゃない。ちょっとどうなってるのよ、葉室さん。」という話だと思うのですが、これは、古事記という話が、色んなベクトルから語る事の出来る話なのだという事を解って貰う為の、一つのシリーズですので、割とアドバンスだと思います。

 

 

「アメノミナカヌシ」が水玉だ

『「アメノミナカヌシ」が水玉だ』という事を知ってらっしゃった方は、この中にいますでしょうか?
古事記の一番最初に出ている神様は、皆さんは一番最初からもはや拝んでたという事なのです。
それは「隠れた」のではなくて、「混じった」という事なのです。
さあ、では、神観念がどういうものであるかという事も、少しだけお話します。
前回は、神様というのはバルブだという話をして終わりました。
バルブとは、こっちに向けたらこっちに流れる。
このバルブの部分が神様なんだ、というお話でした。
そのバルブ役を引き受けたのが「アメノコヤネ」様ですよという、その様なお話です。
だから、陰謀、実痛(じっつう)に長けてるという、人をどうやって動かすのがいいのか、という事がわかった、一番わかりやすい神様だ、という話で前回が終わっております。
「雨」「のみ」
「のみ中主」という風に読む。
雨という字が御字(みじ)ではない。
国語の古典のお稽古で、雨という字が御字、御礼の「お」とか、そういうものと同じだという風に思われているかもしれないけれど、意味がなくないはずで、必ず雨という言葉に意味があります。
それは「水」ということなのです。
だから、「アメノコヤネ」も「水」なんですよ。
「アメ」とついてるから。
「天から降りてきたもの」という。

 

 

天から降りてくるもの

我々が天から降りてきたものと考えられるのは、隕石か水ぐらいしかないです。
凍っているのもあるけど、あれは溶けたら水です。
他で、天から降ってくるものって、お伊勢さんの札ぐらい?
それだって江戸時代に無理やりまかなったもので、他に考えられるもの、石も隕石。
他に。雷?。
とても素晴らしいですね。
ですが雷は別系統なんです。
別系統の神様の振り降りてくるものなんだけれど、常に降りてこない。
大抵は遠鳴り。
私は目の前で見た事が一度だけあります。
小学校6年生の時、生徒会の生徒会長を選ぶ選挙管理員の管理委員長になって最後まで学校に残っていて、「先生さようなら。」と言って靴箱で靴を履いて出たら、目の前の池に落ちたんです。
髪の毛はチリチリ。
バーンと飛んでくる。
危ないです。
ゴルフ場でも、木の下に行ってはいけない、木の周りに行ってしまうと木の下に落ちるし、周りに放電してみんな怪我するらしいです。
感電するのです。
私も感電しました。
知らない間に先生に抱き抱えられていました。
気絶していました。
でも生きていました。
もうあと2歩、選挙管理員の仕事をしてないで、もう先2歩出てたら死んでいました。
そういう風に、雷はちょっと別系統です。
でも、雷様も神様の部類には違いない、違う種属の神様、雷人とか、そういう事だと思います。
「雷」という言葉が向こうの言葉だから、「稲妻」という言い方をすると思うけれど、また別の回の時にやりますけれども、基本は上から降ってくるものというと「雨」「石」「雷」ぐらいで、雪も水。
砂は石。
他は、今は「花粉」というものもありますね。

 

 

朝起きたら先ずは神様にお水をあげる

さて、では「神観念」をどのようにして自分の中に構築していくかという事です。
今日、ここの講座に来た人は幸いです。
と同時に、この講座に出た人は、大変な宿題を持って帰ります。
毎日お水をあげてください。
どんな形でも構いません。
東京では、実はこれに所作のお勉強もするのです。
お水のあげ方の所作があって、最終的には巫女さんと同じような事が出来るぐらいまでになります。
だけど、所作はどうでもいいのです。
「神観念」の問題ですから。
そして、「水玉の所作」というものがあります。
皆さんには課題です。
次回まで一日も欠かさず、毎朝起きたらすぐお水をあげてほしい。
一日も欠かさず。
ここが重要です。
前日にものすごくお酒を飲んだ。
朝起きれない。
翌日は休み。
今日は11時まで寝る。
決めたら11時、起きた時でいいです。
私は、朝5時半まで字を書いたら、翌朝起きるのが12時超えてしまう時があります。
目が覚める時、起きた時でいいです。
とにかく、一番最初に、目が覚めたら、お水をあげる。
私はお水とトイレ一緒にします。
うちはおトイレに洗面所がくっついているんです。
なので、座って尿をする前にお水を入
れて、入れたものを置いて、排尿をして、で、持って行く。
では、「排尿後の手は」という話です。
勿論、出る時に手は洗います。
なのですが、私はそれを同時にやっています。
そうでもしないと、別々にやると2回通わなくてはいけないからで、そこにそ互はないです。
弥生地代、縄文時代の人が、排尿をした手、綺麗に手を洗ってからお水をあげたと思いますか?
もしかしたら、自分のお小水をあげていたかもしれない。
お小水にだって映るから。
いささか大便には、なかなか映っていないかもしれないけれど。
だから、お小水とお水、同時でも大丈夫です。
勿論、こういう人もいました。
「お水をあげるんだったら、ちゃんとお化粧したい」と。
「神様にお水をあげるのなら、お化粧したい」という人。
これもありです。
身繕い。
綺麗にしてから水をあげると考えている人も、それもあり。
例えば、「寝巻きじゃ嫌だ」と、「朝起きたらやっぱり少なくとも外へ出ていくような格好をしてからお水をあげたい」と。
それでもオッケーです。
ただし、一番最初に自分が水を含む前に、神様に水を含ませる。
そこが重要なのです。

 

 

ありがとうございます

朝起きると、自分がまずコーヒーを1杯飲む、とりあえず喉乾いているし、汗もいっぱいかいているし、特にお酒を飲んだ後なんかは喉はガラガラ。
だから水を飲みたいというのはわかるけど、先に神様にあげる。
これが重要です。
時間は、「朝起きたら」という条件だけです。
それが昼でも朝です、もしくは夜でも朝です。
この課題を皆さん、して来て下さい。
習慣づくまではどうしても忘れます。
忘れても祟られません。
祟りません。
誰も祟りません。
神様は祟りません。
もし祟られたとしたら、もはやそこには「神観念」がついているという事なのです。
「やらなかったからお腹が痛くなった」という「神観念」がついているのです。
それは全然、精神的なものだからです。
医学的に言うと、本当にそれは精神的なものですから。
だから、やらなくても祟られはしない。
大丈夫。
1日ぐらい忘れても大丈夫です。

 

この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.

#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld

 

関連記事

最近の記事

アーカイブ