「舞い」はいつからあるの 「踊り」とは違うの?
天鈿女命(アメノウズメ)も舞った
こんにちは。
先日、友達のすてきな「舞い」を楽しんできました。
その時に、見ながらですが、「舞い」と「踊り」とは違うのかなと思いました。
単純に調べてみると「舞い」は「旋回運動など水平方向の動き」が中心で、踊りは「跳躍運動や上下運動」が中心とのこと。
身体の動かし方の違いですね。
山村若静紀さんのnoteには
「舞い」は上方のお座敷でうまれ、能や文楽と縁が深いです。商家や花街のお座敷で舞われますので、埃をたてないよう動きが制約されています。そのため、恋愛の喜びや嫉妬など、名もなき女性の心情を表現することに長けています。
「踊り」は江戸を中心に発展しました。歌舞伎の舞踊部分だけを取り出したものがはじまりなので、大きな劇場で踊られることが前提になっています。特定の役柄やストーリーがあり、舞台が広いので「舞」にくらべて大きく動きます。
と書かれていました。
なるほど、よくわかりました。
でも、もっと探ってみたい私。
いつから舞いはあるのかなとか。
天照大神が岩戸に隠れてしまったときに天鈿女命が岩戸の前で舞ったことから世界に光が戻ったとされてます。
神も舞うのですね。
見たかったな(笑)
ありがとうを世界中に
Arigato all over the World
noteをはじめました。
宜しかったら、のぞいてみてくださいね。
Qのインスタも宜しくお願いします。

舞いはいつからあるのだろうか
日本の舞いの歴史は、神話時代(弥生時代以前)にさかのぼりますよね。
皆さまもご存知の「天岩戸神話」で、太陽の神である天照大神が、弟の須佐之男命の度重なる粗暴な振る舞いや、いたずらに深く傷つき岩戸に隠れて、この世は暗黒となった。
この暗黒の世を以前みたいな光明なる世にするために天鈿女命が岩戸の前で狂おしく舞ったことで岩戸が開き、この世に光が戻ったとされてます。
この舞が、記録に残る最古の「舞い」なのかもしれませんね。
と書きながら、縄文人は舞ってないの?と。
調べてみると、縄文人は間違いなく「舞った(踊った)」と考えられているそうです。
文字による記録はないそうですが、各地の遺跡から縄文人たちも歌い、踊り、自然や精霊に交信していたこと示す数多くの考古学的証拠が見つかっているそうです。(よかった!)
縄文人にとっての「舞い」は現代とは違い、生きるための切実な祈り(祭祀・儀礼)でした。
狩猟採集の成功を祈願して、動物の霊を慰め、これからの豊猟を祈るために、獲物の動きを模した踊りを踊ったそうです。
また、ストーンサークルなどは、生と死の儀礼として、その村の人々が集まり、焚火を囲んで亡くなった人の送り出しや、成人の儀礼として夜通し踊ったとされています。
自然のあらゆるものに神が宿ると信じた縄文人にとって(私も信じてますが(笑))身体を激しく動かしてトランス状態になり、神や精霊と一体化する「舞い」は、日常の最も重要な行為の一つとされていたそうです。

舞という漢字
「舞」という漢字は3000年以上も前からあったそうです。
でも、今の漢字とは違う漢字でした。(どの漢字も昔の漢字とは違うかもしれませんね)
昔々の漢字は、両手両足を広げ、両方の袖から長いひらひらの飾りを垂らして舞う人を正面から見た感じだそうです。
また、ちょっとずれますが、「漢字」って今書いたように、「〇〇はこんな感じ」っていうことから「漢字(かんじ)」になったのかも。
話しを戻して、
古代文字が表す最初の漢字は「無(まう)」という字でした。
おそらく神さまに願い事をする若い巫女さんも、雨乞いで舞う時も「無」だったのではないでしょうか。
ところが、「無」があるなしの「なし」という意味に使われるようになって、最初の意味を持たなくなってきたので、無の四つの点を両足を表す「舛(けん)」に変えて新しい「舞」という漢字を作ったとのことです。
では、「踊」という漢字はどうしてできたのでしょうか。
この字は「足偏」なので足に関係することはわかりますよね。
右側の旁の部分の「甬」は植物の芽が上に向かって力強く伸びる姿を表しているそうで、足に力を込めて飛び跳ねる姿がこの「踊」という漢字になってのですね。
(参考:ゴット先生の京都古代文字案内より)

ありがとうございます
日本の舞は、神話の時代からはもちろんですが、縄文時代からも、神への感謝の気持ちとお願いの気持ちとして、自然と足を地につけ身体を使って表現していたのではないでしょうか。
それが、5世紀ごろから中国大陸からなど、仏教が日本に渡ってくるのと同じように音楽や舞が伝わってきました。
これが日本の古来からの神への舞と融合しながら、日本独自の雅楽や舞楽になっていったのですね。
そして、観阿弥・世阿弥の親子によって、物語性を持つ「能」が作られていきました。
能の動きの基本は「すり足」やお腹に重心を置いて回る独特の円運動が、現代に続く「日本の舞」となりました。
そして、江戸時代には京都や大坂(上方)の花街のお座敷で、劇場や大舞台で飛び跳ねる江戸の踊りとは違い、狭いお座敷で誇りを立てないように、能の技をそのまま引き継いだ静かで極めて繊細な舞へと発展してきたのですね。
改めてですが、日本の文化はすてきですね。
古の時代からの形を今でも残しながら、その時代にあった形にしていく。
このすてきな日本文化を、これからも、多くの人に楽しんでいただきながら繋いでいく。
もちろん皆さまと。
今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
日本のすてきを一緒に楽しみましょう。
Thank you. Let’s enjoy the beauty of Japan together. 🌸🍵
参考
「あそび」は神事 天宇受売が舞って歌ったことこそ神事
女子大生8人の6日間④ 今日は河村能舞台で能のお話し
能舞台の揚幕はなぜ五色なの?
この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.
#ありがとうを世界中に
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