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「金門五三桐☆」お芝居の地へ  ときめき☆歌舞伎 第79回 

 

お芝居の地へ 金門五三桐☆

ときめき☆歌舞伎 第79回

 

寿初春大歌舞伎で観劇した「金門五三桐(きんもんごさんのきり)」。

通し狂言で見どころたっぷりで盛り上がりました~☆

 

毎回観劇ツアーに参加くださっている蓮沼さんを

1年ぶりに引きずりまわして「金門五三桐」ゆかりの地を訪ねてみました。

昨年の記事「第65回 お芝居の地へ 良弁杉由来」は、こちら↓↓↓

https://wanosuteki.jp/post_20715

 

 

◆絶景かな~ 絶景かな~☆

 

絶景かな 絶景かな

春の眺めを価(あたい)千金とは小せえ、小せえ

この五右衛門が目からは価万両、万々両

日もはや西に傾きて雲にたなびく桜花

あかね耀くこの風情

はて、うららかな眺めじゃなぁ~

 

金門五三桐(楼門)を観ると必ず昇りたくなる南禅寺三門。

また、昇ってきました~☆

舞台では朱塗り金箔でキラッキラに輝く豪華な山門。

本物は、重厚感たっぷり。

目の前にして、やっぱり「大きい~っ!」

 

この日はあいにくの雨降りで、絶景感は…ちょっと控えめ。

桜もまだです。

 

 

三門の下では、真柴久吉気分♪

ふたりで、舞台と実際の三門を見比べながら

久吉は、この柱の横に立って、せり上がってきて

このあたりで、上にいる五右衛門から小刀を投げられるのかな?

なんて、楽しく五右衛門ごっこしてきました。

(付き合わせてしまいました。が、正しい?)

 

 

その後、東山を南下。

方広寺、豊国神社へ。

こちらは、金門五三桐で久吉の住む桃山御殿。

お参りして、

大仏餅屋から掘り進めた地下道は、どこにつながっていたのかしら?

なんて、うろうろ(笑)。

 

舞台を観て、

大仏餅が食べたくなりませんでしたか?

わたしだけ?

 

秀吉が建立した方広寺の大仏は奈良の大仏より大きく、

京の南の玄関口として人が流れるように周辺の道路も整備したため

大仏も、門前の「大仏餅」も大人気だったそうです。

 

今もありました! 大仏餅!!

門前通りにある「甘春堂」さん。

江戸時代のお店とは、別のお店ですが、当時の製法で作られているそうです。

食べました!!!

「京大佛」の焼印。

シンプルにおいしい☆

 

 

今回のメインは、実はこれでした~♪

あ~、満足☆

 

 

◆実は○○

 

歌舞伎のお話で、登場人物が身分や名前を偽っていることは、

よくありますよね。

「実は○○」は、歌舞伎の常套手段。

金門五三桐は、その率が高かったですよね~。

「奴八田平実は、順喜観実は、加藤正清」って!

敵なの? 味方なの? もう、何がなんだか???

 

 

石川五右衛門は、唐の国の人。

という設定でしたが、

「実は、よくわからない人」。

 

生きている間に何をしたのかの記録は一切残っていないのです。

残っているのは、三条川原で釜茹でで処刑されたということ。

それもひとりではなく、親族を含め20人同時に。

秀吉にどんな怒りを買えば、そのような残酷な処刑をされるのか?

その罪さえも、記録には残っていないのです。

そのため五右衛門は、伝説化。

どんどんひとり歩きして

大人気の豪快大泥棒になっていきました。

 

「南禅寺山門の場」でもその豪快ぶりは、カッコイイですよね!

わたしたちも、五右衛門気分で絶景を楽しむことができるのですが

「実は、五右衛門は三門に昇っていなかった」んです!

 

五右衛門や秀吉の時代、南禅寺に山門はなかったのです!

え~~~っ!!

なんですと!!!

衝撃が大きすぎて、夢がなくなっちゃう?

 

現在の三門は三代目で江戸時代に建てられたもの。

その前は、室町時代(1446年)に燃えてしまっていたのです。

秀吉も五右衛門も

絶景どころか、三門さえも見ていなかったという。

 

はい。狂言作家さんにまんまと騙されていたわたし(笑)

「実は○○」は、ロマンたっぷり~。

事実を知っても、五右衛門を観たらまた南禅寺の三門へ昇りましょ~。

 

 

平成31年3月 安積美香

 

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