香はすてき 一緒に楽しみましょう3
聖徳太子と香のお話し
こんにちは。
株式会社Qでは、二條さまのお力をいただき、多くの人たちと香を楽しもうと、新たな香をつくり、すてきな塗香入れを作りました。
作ったのですが、私が香のこと知らないことばかり。
皆さまは、香(こう)を楽しまれたことありますか。
「香」と書くと「かおり」とも読みますが、とても心地よい香りを楽しみ心穏やかになることが香道なのかも。
まだまだ香に関して知らないことばかりですが、皆さまと一緒に学び楽しみたいと思ってます。
お力添えのほど、よろしくお願いいたします。
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推古三年(595年)に淡路島に
日本書紀に
「推古三年の夏四月、ひと囲いほどの(どのくらいの量でしょうね)香木(沈香(じんこう)が淡路島に漂着した。島民は沈香を知らず、薪と共に竈で焼いた。するとその煙は遠くまで類い希なる良い香りを漂わせた。そこで、これは不思議だと思い朝廷に献上した。」
という一節があります。
このように、日本で最初に香木が伝承したのは淡路島と日本書紀に書かれているのです。
また、淡路島の歴史書「淡国通記」にも淡路島の南岸に香木が漂着したことが書かれているそうです。
朝廷に献上された流木は推古女帝に献上され、摂政の聖徳太子が「これは稀有な至宝「沈香」である」と言われたそうです。
この逸話から、聖徳太子は香木を見分ける知識を持っていたのですね。
不思議。
なにわともあれ、聖徳太子は日本の香文化の始まりを築かれた人でもあるのですね。
そして聖徳太子はその香木(流木)で手箱と観音像(法隆寺の観音像でしょうか)を作ったともいわれています。
いかにも仏教への信仰の厚い聖徳太子らしいお話しですね。
ちなみに、「これは稀有な至宝「沈香」である」と言われたされる4月18日はお香の日と制定されています。
また、淡路島の尾崎にある枯木神社では、ご神体として人の大きさぐらいある香木(枯木)を今も大切に祀られているそうです。
この枯木神社には淡路島で余生を過ごし終焉を迎えたとされる静御前がよく参拝されたとか。
香りにまつわる、ちょっとした歴史ロマンを感じますね。

絵:平山郁夫さま「仏教伝来」
仏教伝来と香
聖徳太子はどうして、淡路島の民が朝廷に献上した木片を「沈香」と認めることができたのでしょうか。
それは、6世紀半ば(538年とも558年とも)の飛鳥時代に百済の聖明王(せいめいおう)が欽明天皇に仏像や経典を献上したとされ、仏教とともに香木(百檀や沈香)や香料の知識が日本に伝わったとされてます。
当初は、仏前を清め、邪気を祓い、厳かな雰囲気を出す「供香(ぐこう)」として用いられたそうです。
このような時、すでに仏教を熟知していた聖徳太子は、仏前を清め、諸仏に祈願をこめる儀式としての供香の原料である香木を知っていたのでしょうね。
香の形式は、沈香や百檀などの香木を粉末にしたり刻んだものを、漢方の生薬として薬効成分も高いその他の香原料を混ぜ合わせて焚いてくゆらせる使い方で「焼香」と呼ばれる形です。
仏教とともに祈りの香として日本に伝わった香の文化。
香が伝えることを心で聞き取ろうということから「香を聞く」、聞香(もんこう)という言葉と行為が生まれ広がっていきます。
ありがとうございます
いかがでしたか。
仏前を清め、邪気を祓うとして伝来した香が、この先どのような歴史をたどるのでしょうね。
知らないことばかり。
神聖な儀式や空間の浄化に使われてきた香。
今では、身体の癒し、そして古からの文化をつなぐ重要な役割を果たしていると思います、
改めて、もっともっと香を知りたいと思います。
これからも一緒に香を楽しみましょうね。
いつもいっぱいありがとうございます。
参考
香はすてき 一緒に楽しみましょう
日本に最初にお香の調合を伝えた人物
匂いと香り もとは嗅覚に関する語ではなかった
日本の香り 世界に誇る文化ですね
お香をより楽しむための炊き方
この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.
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