1. HOME
  2. 和のすてき
  3. 和の徒然
  4. 「江戸しぐさ」に学ぶ

「江戸しぐさ」に学ぶ


(浮世絵:歌川広重 東海道五十三次 日本橋)

 

江戸しぐさ

こんにちは。

「江戸しぐさ」という言葉をご存知ですか。

江戸の町民たちが行っていた、日常生活のマナーだそうです。

しかし、この「江戸しぐさ」に関する歴史的資料は何もないことから、マスコミ・メディアにたたかれています(江戸しぐさが最初に世に出たのは、1981年読売新聞の「編集手帳」だそうです)。

資料も何もないかもしれませんが、よろしいではないですか。

江戸時代、世界で一番人口の多かった江戸の街で、みんなが快適に過ごすには、様々なマナーや工夫が必要でした。

そこで生まれたのが、「江戸しぐさ」として、現代にこそ見直したい江戸の知恵、心豊かになろうではありませんか。

 

もったい大事

江戸しぐさの一つ、「もったい大事」という言葉があります。

アメブロの「”現在・過去・未来”  歴史の旧暦」にこのような素敵なお話しが書かれていました。

 

2004年にノーベル平和賞を受賞したケニア出身のワンガリ・マータイさんは、「もったいない」という日本の言葉に感銘し、世界に“もったいない精神”を広めてくれました。

「江戸思草」では、“もったいないから大事にしよう”という意味で「もったい大事」という言葉を使っていました。

もったいは「勿体」と書いて“態度や風格、また、ものの品位”などの意味があります。

「勿体ない」だと“不都合だ、ふとどきだ、恐れ多い、惜しい”となります。

 

江戸はリサイクル社会だった、というのは有名です。

とにかく、無駄なものがないのです。

たとえば、古くなった着物は→浴衣→おしめ→雑巾→端切れ→道端に落ちていたらそれを拾う人がいてさらに再利用!します。

また、人間は食べたら出すもの糞尿がありますが、これも再利用→糞尿を引き取る人→農家に売る。下肥として野菜を育てる肥料になるのですね。

1番高く売れるのは武家屋敷から引き取った下肥だそうです。

 

日本人に最もふさわしい食べ物といえば“米”です。

まず、稲を刈り取った後の藁はそのまま燃料になります。

編みこむと“縄”“わらじ”ができます。

燃えた後の灰は“灰汁”としても使えます。

米を取った後の籾も燃料や肥料になり、米を精米すると残った糠は“ぬかみそ”に、と全く無駄がありません。

 

究極の無駄のない社会を作った根底には、やはり感謝の心がありました。

食事の前には「おかげさまで、今日も1日心と体にぬくもりの糧の頂けることをありがたく思いよくかみしめて頂きます」とか「お百姓さんありがとうございます」などと感謝の言葉をのべたようです。

ところで、現代社会の一番の問題は“ごみ問題”です。

人工的に石油から作られたビニールやプラスチック製品を作った水で川を汚染し、捨てると土には還らず土壌を汚染し、燃やせばダイオキシンで大気を汚染する。

という回転しない社会となってしまいました。便利さを手に入れるのと引き換えに、祖先が築いた大切な文化と感謝の心をなくしてしまったのです。

やっとそれに気づいた世界は石油から水の時代に移ろうとしています。

江戸人の習慣だった「もったい大事」は不況対策の1つとして“ごみを出さないこと“があげられたそうです。

現在では”エコバッグ“ですね。

私は最近精米が“もったいない”ということに気がつきました。

糠を取って白米にすると栄養分が90%なくなっているそうです。

あのぬかの部分に栄養素が詰まっているのですね。

玄米のままなら完全栄養食なわけですから、考えてみれば何ともったいないことでしょうか。

ということで我が家は玄米食にしています。

玄米は栄養もあり、良く噛むようになりますので大変健康にいいですね。

感謝の心と「勿体大事」でこの不況を乗り越えましょう。

 


(絵:歌川広重 「江戸高名會亭盡」)

七三の道

 

それでは、もう一つ江戸しぐさから。

たしなみのひとつとして「七三の道」という言葉があります。

道を歩くときは、七割が公道、三割が自分の道、と心得て、他の通行人の邪魔にならないように配慮することです。

横に並んで道を塞いで歩くことは、江戸っ子の間では野暮とされていました。

どうですか、思い当たることないですか。

スマホを見ながら、おしゃべりをしながら、堂々と道の真ん中を、外の人の迷惑を考えずに歩く人たち。

見習わないといけないですね。

 

ありがとうございます。

江戸しぐさとは、ほとんど忽然と生じた巨大都市江戸で二百六十余藩から出てきた人々との間での、いさかいを未然に防ぐためのマナーといっていいです。

いさかいを未然に防ぐマナー、といへば現代社会にも通用すること間違いなしです。

なのに、一般にはなぜか忘れられてしまって残念です。

 

思えば、戦後教育で自己主張を是とする風潮が強まりました。

一概に否定はできませんが、しかし「過ぎたる」は何とやら、譲り合い、お互いさま、の思いがあればうまく収まることもたくさんあるのではないでしょうか。

「江戸しぐさ」から、まだまだ学ぶことが多そうです。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

日本人の相手を思いやる大切な心を、いつまでも残していかなければなりません。

(初版:2013.03.17 再編集)

 

関連記事

最近の記事

アーカイブ