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二條さま 古事記のお話しの2 第六話の1

『アメノトヨクモニ』 2024年3月9日(土) 長徳寺

こんにちは。

『アメノトヨクモニ』。
皆さん、古事記をお読みになっていらっしゃる方は、『トヨクモノ』と教わっていらっしゃると思います。
『アメノトヨクモノ』もしくは『天豊雲野神』と一般的には呼ばれています。
でも、我が家では『天豊雲爾』『アメノトヨクモニ』という風に伝わっている神でございます。
今日初めての方もいらっしゃいますから、ここまでの話をざっと申し上げますと、一番最初が『アメノミナカヌシ』。
これは水の神様だよということをお話ししました。
そして、『タカムスヒ・カミムスヒ』ということでお塩があって、そして、『ウマシアシカビヒコジノカミ』になると炭水化物になって、そして、『アメノトコタチ』の神様で、それが盛られる皿になっていく、そして塩になっていくと、こういう風なお話をしたと思います。
実は、神様は「神」という名前になったのは、ずっと後の話なのです。
だから、日本の神様というのは、その神様になった事象、ないしは神様と呼べる人心。
これを神様にしていったのだという風にこれまでずっとお話してまいりました。

ありがとうを世界中に
Arigato all over the World

 

 

神様を感得する

まず手を合わせてみてください。
目をつぶって頂いて、自分の左右の手が感じられるまで手を広げていって頂きたいと思います。
右の手と左の手が感じられるところまで左右の手を開いていく。
そして、それが感じられる一番大きいところで目を開けて頂きたいと思います。
目が開いて、その幅がものすごく大きい人は、右と左の手を感じられるのかなと思うんだけど、体温の高い人はもっと大きな幅になるかもしれない。
これって、どうやって右と左の手を感じられるんだろうか。
実際は、右手の体温と左手の体温が、この手の平を介してどこにあるかという事がわかるから、大体この(肩幅)ぐらい。
手が冷たい方は少し狭いかもしれない。
でも、ここに左右の手があるという事がわかる。
この感覚というのがあるという事を覚えておいて頂きたい。
まず、それを覚えておいて頂いて、では、この感覚って何かなという事なのです。

これは世界中の宗教で言えることの一つとしてお話しますと、
神様って見たことありますか?
神様を見たことのある方は、手を挙げて下さい。
私は、家にお宮を持っており、年に一度、神様と相対してご飯を食べるという新嘗祭を行なっています。
私の家は、1400年、新嘗祭を絶やさずにやっていますが、私の代になり新嘗祭を私がやるようになって、神様を実際に見たことは私もないです。
要は、神様って見えるものとは、ちょっと違う。
でも、世界中の人達が神様を感得しているのです。
その「感得する」。
宗教用語ですが、神様を感得する考え方というものがあります。

 

 

「神観念」

これは、哲学者達がよく知っている「神観念」と呼ばれるものだという話なのです。
この「神観念」というのが、高ければ高いほど、神様を感得しやすくなる。
そして、低ければ低いほど、神様を感じられない。
でも、これは西洋の人の考え方で、実は神観念というのが高ければ高いほど、一神教に近くなっていくのです。
神様は一人しかいない。
例えば、キリスト教系ユダヤ教というのは「ヤホバ」と呼ばれる一つの神様がいる。
イスラム教回教は「アッラー」という神様がいる。
これは、神観念が高いとその神様しかいないという話になっていく。
でも、日本は実は唯心(唯神?)ではあるけれども、単独の神様を拝むという民族ではないのです。
言えば、目の前の茶碗にも神様が宿っていると考えるという方向なのですよね。

神観念の高さは、決して神様に対する敬意とか、そういう事ではないということ。
それから、神観念が高ければ高いだけ神様を感得する事は出来るのだけれども、果たして色んなものに神様を感じる事が出来るかといえば、神観念が高ければ高いほど神様を感じられるという事ではないということ。
これが、日本の神様の在り方なのだという話を、色んな角度を使いながらここまでお話して来ました。
実は、ここでは古事記の話をすると言って、古事記を決して読んではいないといいますか、神様の名前しか出てこないという非常にご無礼な話なのですが、その中にあって、『アメノトヨクモノ』という「ノ」という文字と、「ニ」という文字では全く違う助詞の使い方なんだという事なのです。

 

 

「ノ」がついてるのか、「ニ」にがついてるのか

『アメノトヨクモ』までは同じだから、これはもう神様のお名前だと考えましょう。
そうすると、それに「ノ」がついてるのか、「ニ」にがついてるのか。
『アメノトヨクモノ』と言うと、所有権が出るという事なのです。
『アメノトヨクモニ』と言うと、これは他動詞という事になるわけですよね。
ないしは、言ってみれば、『アメノトヨクモニ』の別のものであるということ。
日本の国語だとそうですよね。
何々に〜する。この後、動詞なり、いわゆる用言がついてくる。
一方、「ノ」だと、体言がついていくという事ですよね。
「『アメノトヨクモ』の神」、「『アメノトヨクモ』の民」のようにです。
でも、「ニ」だと、「『アメノトヨクモ』に捧げる」とか、用言、動詞や形容詞や形容動詞がついてくるという事なのです。
『アメノトヨクモニ』神などという事はないわけです。
「ニ」と「ノ」の違いというのは、こんなに違うという事なのです。
だから、皆さんがよくご存知の『アメノトヨクモノ』ですと、「皆さんは『アメノトヨクモ』のものなのだ」という意味です。
でも、『アメノトヨクモニ』となると、「『アメノトヨクモ』に何かをしよう」という事になるのです。
この違いが、実は我が家の古事記にあるという事なのですね。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
『アメノトヨクモニ』という神様はどういう神様なのでしょうね。
この続きをお楽しみに。

 

この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.

#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld

 

 

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