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二條さま 古事記のお話しの2 第六話の2

『アメノトヨクモニ』という神様

多分ですが、皆さんが読んでいらっしゃる古事記は、江戸時代ぐらいに駅鈴をカラカラカラーンと鳴らしていた「大和心を尋ねられれば〜」という有名な歌を残した本居宣長さんという人が、新たに組み直した古事記を大抵の場合、読んでいらっしゃる。
ですので、その時に、この「ノ」になっていくのですが、幸いにして、うちは本居宣長に毒されなかったというのですかね。
昔からの「ニ」をずっと残せたのだと思うのです。
では、『アメノトヨクモニ』という神様はどういう神様なのかという事になって参ります。

アフリカの中心に人間が現れる。
そして、これが哲学を持つ。
どういう哲学かというと、「あいつを獲ろう。」
あの暖かくなるもの。
我々が、あいつが出ると、物を認識することが出来る、相手を認識することが出来る「あいつ」。
「あいつを獲ろう」という、そういう哲学が生まれる。
そして、その哲学によってアフリカから出て参ります。
多くは東へ東へ向かって行くわけですが、落ちる時に捕まえればいいじゃないかと考える人もいて、一部は西の方に行く。
そして、あまねくあいつの享受を受けよう、それも強い光ではなくてやわらぎのある光を受けようと思った者は、北の方に行く。
でも、本当に一部です。
大抵の場合、東の方にやって来ます。
だが、やって来てもやって来てもあいつは獲れない。
「あいつ」とは太陽のことですね。
あの山の上に行けば太陽を捕まえられるかと、網のようなものを持って行くわけですが、山の上に行けば、また向こうの山の方に。
こんな事で、どんどん東の方にやって来るわけですが、エッジオブフィールド、もしくはランドのアジアの先まで来ると、向こうがすごい水たまりになっていて、もう行けないとなった時に、「あいつは捕まえられない。」という話になった。
でも、どういうわけか、手に水をすくってみると、その中には捕まえる事が出来る。
お水の中にあいつを捕まえる事が出来るとわかったのですね。

ありがとうを世界中に
Arigato all over the World

 

お水が一番最初の神様になる

ということで、お水が一番最初の神様になるのが日本、と言いますか、東洋の考え方だったのです。
これが、『アメノミナカヌシ』になっている。
いわゆる水が『アメノミナカヌシ』という事になりました。
その間に、我々は土器を得る事が出来る。
海の水を汲んで置いておく。
そうすると、ある時、汲んだお水は蒸発するのだけれど、中に何かが残っている。
白いものが残っていた。
舐めてみた。
そうしたら、ものすごく動いたのです。
この「ものすごく動いた」。
どこが動いたかというと、頭が動いたのです。
それから、すり傷が治った。
これも凄くありがたい事ですよね。
これが、『タカムスヒ』『カミムスヒ』という神様になっていき、土器も神様になっていく。
そのうちに、大陸の方から色んな炭水化物がやって来る。
特に、東アジアの端っこの島国の日本は、そもそも目の前に海があるし、すぐ後ろに山があるので、日本人は育てるという事をする必要がなかった。
なので、日本人は元々ズボラなのですよ。
起きたら魚を獲りに行く。
山に行って実を採りに行く。
お腹がいっぱいになる必要もなく、寝る。

 

 

日本人は勤勉ではなかった

その点、大陸の方は砂漠が多いですから、育てなければ飢えてしまうので一生懸命勤勉に働くのだけれども、日本人は勤勉ではなかったのです。
ズボラだったのですよ。
だから、小麦があまり上手くいかない。
小麦というのは、一生懸命働かないと作れないのです。
また、日本は雨が多い。
雨が多いとどういう事になるかというと、小麦が腐るのです。カビるのです。
小麦は、腐ると毒になるわけですよね。
だから、恐らく一番最初の炭水化物は、お米よりも先に小麦が入って来たはずなのですが、日本ではあまり小麦が採られなかった。
それでも、晴れが多い地域、雨が少ない地域では今でも小麦の栽培をしています。
しかしながら、大抵の場合がお米になったのは、実はお米は河原にパラパラっと撒いておいたら、あとはなるまで放っておけば、スクスク育って勝手に実るのですよ。
小麦と違うところは、食べてみると消化の速度が遅い。
そして、長く熱量を発する。
日本人に向いているのですよね。
動物を狩りに行ったりとか、馬牛をとりに行くといった時には非常に単発で熱量が必要です。
ところが、そういう事をしなくても、釣り糸を垂らしていれば魚が釣れるし、大体この辺にこの季節になったらこういう実があるという事が分かっているわけですから、入って行って実を採って来る、キノコを採って来る、草を採って来る。
それで食べていればいいわけですから、撒いてなってくれるというのはありがたいわけです。
ましてや、食べたら消化が遅いですから、お米というのは凄いスローフードなのです。
持続的に熱を発する。
こうする事によって、肉食ないしは採集の小麦を育てるというよりもお米を育てるという事をする、という事で、長くセックス出来る体を勝ち得ていくのです。
単発でセックスするのではなく、セックスを楽しめる側に行けるという事になるのですよ。
長時間セックス出来る熱量を保っておく事が、お米で出来る。
その変わり、激しいのはダメです。
日本人はダラダラするセックスが好きになるのです。

 

 

非常に自分がいいと思っている集団がどんどん増えていく

このような形で『アメトコタチ』という神様までやって参りました。
「アメノ」という言葉は、漢字で書くと「天」という漢字になります。
奈良時代の読み方だと、これを「美辞(びじ)」。
美しい言葉、「美辞」なのですね。
しかし実際は、こういう風に分けられるのです。
「あ」というのは、日本の場合、「単一で」、ないしは「輪っかで」という意味です。
もしくは、「赤い」という意味があります。
「あ」というだけで、「集合で単一的なもの」、「輪っかなもの」、それから、「全部が赤いもの」。
こういうのは「あ」と言います。
そして、「メノトヨ」。
「メノト」とは、相手、もしくは夫婦。
「ヨ」は讃辞です。
それが、「クモ」。
「クモ」というのは、「浮いている」、もしくは「広がっていくもの」という音の意味があると考えておいて下さい。
これを一つ一つ説明すると、日本語の因数分解になってしまい、この1時間や2時間ぐらいでは一字もいかないので、大体そんな意味だと思って下さい。
これを総合して日本語の音で、それを意味にしていくと、
「一つの輪の中に夫婦、ないしは好きな人がいる、嗚呼素晴らしい、この気持ちが広がっていく」という意味なのです。
「この集団の、これだけ思い合える人達が増えていく。これが素晴らしい。この集団がどうするか。」
というのが、うちの家のやり方だという事です。
もう一度言います。
「非常に自分がいいと思っている集団がどんどん増えていく」という。
これが、『アメノトヨクモ』までという事なのです。

 


(お内裏様の冠(かんむり)の紐の結び方は二條家流です)

 

上野でベロンベロンに酔って第九の演奏を

さて、では、この自分が素晴らしいと思っている集団がどんどん増えていったらいいのになと思う。
そういう気持ちになる時って、いつでしょうか?
私は、上野にある東京芸大という音大を出たのですが、打楽器科で西洋の太鼓とかパーカッションと呼ばれるものを演奏していました。
毎年11月に演奏会があるのです。
学内で選ばれた人達が東京文化会館という所と、学校にある奏楽堂、今は総学堂という重要文化財のホールがあって、そこで演奏会をするのです。
大体11月の一番最後の土日あたりが演奏会だったのですが、その演奏会が終わった後、我々音楽家は打ち上げをやるのです。
音楽家だけではなく、何でもそうですけど、日本人って打ち上げをしませんか。
打ち上げをして、ベロンベロンに酔うでしょう。
あの当時、私が学生の頃は、大体11月の中盤から12月の中盤ぐらいまで、ベートーベンの「第九」というのをあっちこっちで演奏したものなのです。
ベロンベロンに酔った演奏家が上野駅の前に集まって来るのです。
そして、一人が演奏し始める。
大体トランペットですけど、「パンパンパンパンパンパンパンパン」と始めると、どこの学生か、どこの演奏家か分からないですが、鞄からバイオリンを出して来て、「トゥルルルルルルル」と演奏し始める。
台東区は、区で第九を歌わせていますから、歩いてるお爺さんも、知らない間に歌い始めるのです。
上野の駅前が第九で一曲出来上がっていくみたいになる。
私は、仕方がないから膝を叩くんです。
パンパン、パン、パンパン、どんどん大きくなっていく。
何の力だと思います?
「アメノトヨクモ」なのですよ。
普段は、演奏家同士って、お互いを大嫌いなんですよ。

 

この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.

#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld

 

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