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二條さま 古事記のお話しの2 第五話の2

「おろがむ」

今日は、『アメトコタチ』の話です。
私達が、神という存在を意識したり、また、神社や仏閣に行くとどうします?
皆さん日本の方です。
世界中でもいいかもしれませんが、阿弥陀様が目の前にいたとしましょう。
皆さん、どうされますか?
大体、こうなさいます。
「ごめんなさい」じゃないですよ。
手を合わせて、これを正しい言い方で何というかご存知ですか。
「合掌」は中国語です。
日本語で何というかご存知ですか?
「おろがむ」と言うんです。
「おがむ」ないしは「おろがむ」です。
「ごめんなさい」とやっているのは、口では「ごめん」と言って、ここでおろがんでるんですよ。
この形を日本は「おろがむ」と言います。
漢字で書くと、「拝む」です。

ありがとうを世界中に
Arigato all over the World

 

最近は、どうやら送り仮名をお少し略す方法があるみたいで、「おがむ」と言いますが、「おろがむ」と読むのが正しいです。
皆さん、先生にさされた時には、名前を呼ばれると、「はい」と言いますよね。
返事をする時には、手を合わせるのでなくて、「はい」と口でおろがむんです。
「はい」ってこういう言葉なんですよ。
これは、日本人らしいんです。
そして、おろがむのは、今は手を合わせるだけなんですが、どうやら奈良時代以前は、このまま手を挙げていったようなんです。
そして最後は、手を開いたようなんです。
これは何の形かというと、「両手には何も持っていません。」
手を合わせた後、上に行って離れた時に万歳した形は、「もう私はあなたに全てを服従します」という形になるんです。
これが東洋になると、カタッと倒れて大地につくようになります。
これは、「五体投地」という言い方をしますが、日本は、座ったまま、このままの形でこう見ていたというのになります。
これが、おろがむ形だったそうです。
何故そういう風に言えるかというと、埴輪とかで、よくこういう風にしてたりとか、こういう風にしているような埴輪が出て来て、どうやら神様を拝む時はみんな最後は両手をこうやって挙げてたというのが文物で残っているんですね。
考えてみると、負けた時とか、すごく嬉しい時に、みんな「ばんざーい」とこうやった時、これはすごく無防備な格好なんです。
神様の前では無防備でいますよという事の現れなんですよ。
では、なぜ神様の前では無防備でいなくてはいけないのか。
これが、「雨に常にある」という考え方なんです。
「雨に常に立っている」
『アメトコタチ』なんですよ。

 

 

お天道さまが見ている

今こんな事を言うと恥ずかしいですが、私も人に言えたような人生なんか送ってはいないし、本当に後ろ指さされるような事しかしてませんよ。
だけど、日本には「お天道さまが見ている」という言葉があったんです。
何やったっていい。
正直言わせてもらうけど、一週間ものを食べていない。
目の前にパンが一つ置いてあった。
コンビニでそれとって食べた。
泥棒ですよ。
でも攻められます?
一週間本当に食べてないとわかっていたら。
私だったら、「わかった。私がご馳走してやるよ。それお食べよ。」と言って、財布を出してやりますね。
「そんな事をしたんじゃダメですよ、警察に引き出しなさい。」という人がこの中にいるんだったらちょっと教えて下さい。
一週間ものを食べていないというような人がフラフラでいた。
それが目の前でパンを盗んだ。
「あー、ちょっとおいらが買ってあの人にあげたんだ。」と言って、私だったらレジに行きますね。
それは優しさかどうかは別だけど、私はお天道様が見ているから、別に徳を積もうとは思わないけれど、召し上がって欲しかったし、ひもじくしている人に召し上がって頂くという事が天に叶うと、私が思ったという事です。
この、天の約束というのは、実は掟なのです。
法律の話だと言ったけど、法律の話とはちょっと違いますね。
法律で言うと今のは「ギルティー」です。

 

 

暗黙の了解

今日、ホテルの並びにセブンイレブンがあったんです。
そこに英語で、なんて書いてあったかといったら日本語でしかもう覚えてないんだけれど店内で、その場で飲まないように、食べないようにして下さいと書いてあるんです。
不思議だと思わないですか?
弟子がスーパーで惣菜をしてた事があるんですが、中国の方が来て、惣菜のコロッケとかをまず先に食べちゃうんだそうです。
「それダメですよ。」と言ったら、「後で払う。」と言うんだそうです。
日本で言うと、それギルティーですよね、お腹に入れちゃった段階でね。
でも、法律で言うと、後で払うと言われたら、もしかしたらギルティーじゃないかもしれないという微妙なラインですよね。
これが店外に出たらギルティーなんだけど、店内から出ていないから、店内で食べちゃったら、法律的にはもしかしたら許されちゃうかもしれないんです。
試食というのだってあるんだし。
でも、我々日本人の考えとして、それはお天道様が見ている所ではやってはいけない事じゃないですか。
という風に、何回も言っていますが、日本らしいというの度々が出てきます。
我々日本人というのは、日本人は法律で決められている。
日本らしいのは、掟でくくられているんです。
それは何の掟かというと、天が見ている、お天道様が見てるという掟なんです。
その言葉以上にないんです。
お天道さんが見てるから、そういう悪い事しちゃいけないよ。
いくら頑張ったって、お天道さんが見ているんだったら、そういう風に言っちゃいけないよというのを暗黙の了解にしてるんですよ。
これは、世界じゃ有り得ないです。
暗黙の了解とかそんなあやふやな所はないです。
あやふやな所を作らない事が良しとするという文化なんです。
それは悪いとか良いとかと言っているのではないです。
決してそう言っているのではなくて、「日本らしい」という事です。
外国の人から見ると、凄くグレーが多すぎてわかりづらいって。
違うんです。
このグレーなのが、日本なんです。
それは、雨が常に天にあって、これがずっと見ている。
だから自分で責任を負いなさい。
自分で斟酌(しんしゃく)しなさい。
これは、白黒を人につけて貰うんじゃなくて自分でちゃんとつけなさいと言っている。
この掟というのが、初めて日本をくくったのです。

 

 

『アメトコタチ』というのは掟のようなもの

お米を作りました。
隣の家は、どんどんお米が余剰になって溜まっていきます。
食べるためには、それをこそっと持っていくのは有りなんだけど、でも、「持って行っちゃダメだろ。少しその籾を貰って一年頑張って育てて、自分の所で出来たらそれを食べたらいい。」
あの当時は法律なんかないから、こそっと持って行かれちゃったら持っていかれちゃったままなんです。
今年暑すぎて雨があまり降らなかったらしいんです。
お百姓さん大変だったんだそうです。
うちの新嘗祭に秋田からお米が来たんですけど、その秋田のお米を作って下さる所なんかあぜを放たれて水泥棒をされたらしいです。
今で言えば器物破損で取り締まれるんだろうけど、訴え出はしなかったらしいです。
でもやっぱりご近所だから誰が盗ったかは、わかっちゃってるんだそうですけどね。
でも盗った側の事も、実は盗られた側の人はわかるんです。
お水がない時期で、うちの家はその取水の所に近い。
遠い人の所にはお水がないと。
これはもうしょうがないねって。
盗ってる側だって、「ようし盗ってやれ。」と、さも悪い顔して盗ったんじゃないと思います。
もう矢も盾もたまらず盗るしかなかったんだろうと思います。
だから、そこには悔悟があるんだと思います。
でも盗らざるを得ないから盗った。
お天道さんが見てて、そんな事しちゃいけないけど、だからその次はそういう事をしないようにしよう。
法律で言ったら器物破損で逮捕ですよ。
でもそれを訴えれない。
これ日本ぽくないでしょうか。
日本らしくないですか。

 


(この日、葵大夫、司太夫がお越しくださいました)

 

ありがとうございます

多分、2000年前でも日本らしい部分じゃないかと思います。
『アメトコタチ』というのは、そういう掟のようなもの。
お米を作り始めた頃から出来た、いわゆる貧富の差。
こういったものの中で、必ず富む者と富まざる者が出てくるんです。
特に、お米は一年間とっておく事が出来るという。
一年間とっておく事が出来るとは、どういう事かと言ったら、財が出来るという事なんです。
これを上手く始末して、1日50粒までみたいな事を決めて、毎日50粒ずつ食べていれば360日×50粒。
残りは財という事です。
でも私みたいに、あるもの全部食べたいと思う人は、出来たらその日のうちに全部食べてしまい、アリとキリギリスみたいな事になるわけです。
そうすると、持つものと持たざるものの人間になっていくわけです。
キリギリスだって、寒くなったら寂しいですよ。
あの時あんな事しとかないで、ちゃんと50粒ずつにしとけば良かったっていう。
なんであんな食っちまったんだろう。
大体そうでしょ、皆さん。
あそこでエルメス買っとかなかったら、あそこで宝塚の講演3回行かないで1回にしといたら、どんだけ財が貯ったかという事を思ったらですね。そういうもんなんですよ。
この悔悟(かいご)、これは後悔というよりは悔悟ですね。
ここが、法律で裁かれるわけでもない。
かといって周りからとやかく言われるわけじゃないけれど、自分の心がそういうもので戒められている。
この戒めをとるのも大変ですよ。
日本人のこの戒めというか、お天道様が見てるという、この考えを日本人からとるのは難しいです。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
まだまだ『アメトコタチ』のお話しは続きます。
次回をお楽しみに。
(この日は相国寺承天閣美術館に「若冲と応挙」を拝観に行きました)

 

この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.

#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld

 

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