ご飯用の椀がなぜ「茶碗」というの?
「茶番劇」は?
こんにちは。
お茶のことをいろいろと書いてますが、いつも思う疑問、どうしてご飯用の椀を「茶碗」というの?と。
不思議に思いませんか、ご飯用ですよ。
茶碗だからといって、その椀ではお茶は飲まないですよね。
お茶を飲む椀は「湯飲み茶椀」、あるいは「湯飲み」といいますよね。
ますますわからなくなってきた。
茶碗はもともとお茶を飲むための椀のことでした。
平安時代、中国からお茶と一緒にお茶の道具として磁器がもたらされました。
日本で磁器を作る技術がなく、しばらくは中国からの焼物(陶磁器)を輸入しており、それらを総称して茶碗と呼ばれるようになってきました。
秀吉の朝鮮出兵で日本に朝鮮の陶工が連れてこられ、九州の有田で磁器の生産が行われるようになりました。
江戸時代後期にごろになると、庶民のあいだにも磁器の食器が使われるようになりました。
それまでは木の食器が一般的なんです。
いい食器の器には漆が施されていました。
磁器が広まるにつれて、磁器の茶碗にご飯を盛るようになり、飯茶碗が普及し、茶碗といえば飯茶碗を指すようになったそうです。
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茶番劇ってどんな劇でしょうね
それでは、「茶番劇」といいますが、この時の「茶番」ってどう意味でしょうね。
底の見えすいた馬鹿げた行動を「茶番」、あるいは「茶番劇」といいます。
軽蔑的な意味を含んだ言葉ですが、なぜ「茶」なのか。
茶とどんな関係があるのでしょうか。
「茶番」は本来、お客さまの登板を意味します。
江戸時代、芝居小屋でお客さまのために茶の用意や給仕をする者を「茶番」といいました。
茶番には下っ端の役者があたり、余興に即興の滑稽な寸劇を演じました。
それは「茶番狂言」と呼ばれ、やがて一般にも広がっていきました。
江戸時代には茶番狂言の手引書も出版されたほどです。
茶番狂言は略されて「茶番」とも呼ばれました。
そして「茶番」は転じて、バカバカしいふるまいを意味するようになったそうです。
『吉原青楼年中行事(上・下)』(十返舎一九著 : 喜多川歌麿画)
「無茶」、お茶がないことが無茶?
筋道が立たないこと、道理や常識に合わないことを「むちゃ」といい、感じではふつう「無茶」と書きます。
昔から、来客にはお茶をだすのが習わしとなっています。
お茶をださないのは常識外れ。
そこで道理にかなわないことを「茶がない」=「無茶」というようになったという説があります。
この説は「無茶」という漢字をもとに語源を説いたもので、故事つけっぽいです。
「むさと」という古語(助詞)があります。
仏教用語の「無作(むさ)」からでた言葉といわれていますが、「むさと」は無分別・不注意であること、いいかげんなことを意味しています。
「むちゃ」という言葉は「むさと」の「むさ」が転じたものという説があり、どうもこの説が有力のようです。
なおこの説によれば「むちゃ」の漢字の「無茶」は当て字ということになりますね。
ありがとうございます
おもしろいですね。
当たり前に使っていることば、でも、ふと「どうしてこういうの」って思うと語源がわからない言葉ばかりですね。
いつの時代もその時々に合わして言葉も変化してきてるのでしょう。
今と同じように若者が言葉を変えてるのかな?
それなら今の若者言葉も100年後ぐらいには当たり前の言葉になっているのかな。
絵文字も・・・。
今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
時代は流れ過ぎていきます、今の当たり前はいつから当たり前?って調べたら面白いことがたくさんも。
この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.
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