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物質文明と人格の尊重  安岡正篤氏ご本より

 

心がすさんだ60年

 

こんにちは。

今年は戊戌の年。

良しも悪しも、大きく変わる年。

もちろん、悪くは変わりたくないです。

でも、すべてのことは表裏一体。

良しと悪しは一緒かもしれませんね。

この60年間で良しといえば文明が大きく進歩してお金があふれたことでしょうか。

では、悪しは?

文化がないがしろにされ、心がすさんだことでしょうか。

では、これからの60年は?

120年前に生まれた安岡正篤さんが大正13年(1924年9に書かれた「日本精神の研究 入門」にこのように書かれてました。

 

人格の損失

 

私は現代人の最も大きな禍はゆきつくところ、全て人間の機械化による人格の波状にあると思う。

本来人格とは知情意の渾然たる統一である。

人間の価値は知情意の円満な発達になければならない。

 

特に理知的な偏りは、人々を単に自然科学的法則にしたがった論理的機械のようにしている。

機械的見方とは、物を構成要素の各部分に分解し、再びそれを組み立て検証する方法である。

その為にこのような観方は分解・組み立てが自由自在に出来る機械的分野に限られるものである。

これに反して構成要素に分解し再組み立てできない生命現象人格的存在においては、この方法は決して適当な方法ではない。

 

それゆえ生命現象や人格的存在を説明するのには不適当である。

一本の木の価値は根幹枝葉ではなく、木そのものに価値がある存在である。

哲人は木を通じて大地の言葉を聞くこともできる。

四季の移ろいも察することができる。

しかし現代の論理的思考では根・幹・枝・葉に分析観察して木の生命を味わえない。

 

彼らから観れば家庭も親子兄弟の雑然たる功利的集合である。

国家も主権者と領土と人民との結合より以上の何物でもない。

英雄も凡人も生物学の法則にしたがう自然的存在にすぎない。

彼らは自然法のもとに繋がれた動物である。

生命の法悦(心に沁みる深い喜び)、霊魂の歓喜は知るところではない。

現代人の多くの人々が、言わず語らず寂寞に堪えかねているのは、すべてこう言う考え方、生活態度に非常に原因があると思う。

 

 

ありがとうございます。

 

いかがですか。

「知情意」とは、「知性」「感情」と「意志」のことです。

もともとは哲学者カントが提唱した言葉。

松下幸之助さんも人間性を向上させるには、この3つの調和を図り、それらを高めていくことと言われています。

94年前に安岡正篤氏はこのようなことを書かれていたのですね。

100年前から同じような心配をされていた。

そして、何も変わることなく今に至ってしまった。

 

変わらなければ。

 

日本人が古来から受け継いできた伝統的精神や民族の伝統的美風を大切にしながら。

いや、改めて知ることから始めないといけないですね。

和の素敵も、自分たちが学びながら学んだことを少しでもみなさんと共有できたらと思っています。

微力ですが、これからも宜しくお願いいたしますね。

 

今日も最後までお読みいただけまして、ありがとうございました。

今日も「ありがとう」がいっぱいありますように。

 

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