古(いにしえ)を稽(かんが)へて今を照らす
古(いにしえ)を稽(かんが)へて今を照らす
こんにちは。
日本の最初の歴史書といわれる書物「古事記」は西暦712年に編纂されました。
およそ1300年前のことです。
40代天武天皇が天皇家の系譜を記した「帝紀」と、朝廷の伝承を記した「旧辞」がありました。
時とともに内容に手が加えられていき、史実と異なる記述が多くなってきました。
これを正そうと思い、稗田阿礼(ひえだのあれ)に誦習(しょうしゅう)させたのが始まりといいます。
天武天皇の死後、中断されましたが、43代元明天皇が引き継ぎ太安万侶(おおのやすまろ)に命じ、稗田阿礼が口述した内容を筆録したのが「古事記」となりました。
その「古事記」の序文のお話しです。
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「古事記」序文
「古(いにしえ)を稽(かんが)へて今を照らす」 昔のことを参考にして、今日のあり方を考へる。
経験を通じて、反省の資とする。
人生はそうしたものである。
古事記序文には 「歩驟(ほいう)各々異に、文質同じからずと雖(いえど)も、古へを稽(かむが)へて、以て風猷(ふうゆう)を既に頽(くずおれ)れたるに繩(ただ)し、今を照らして以て典教を絶えなむと欲するに、補はずといふこと莫(な)し」とある。
その一節を採ったものである。
前文の意味は、時代と共に文化の進み方には速いこともあるし、遅いこともある。
いづれにしても、その時代の文化の発展のためには、過去の日本の文化を考へ、その反省の上に立って今後の在り方を見通すべきである。
時代の道徳・風俗の衰えも、古のこと(伝統)を考へ、今日の在り方と対比して、教への基本とすべきであるといふのである。
今日のやうに、我が伝統を反古紙のやうに捨て、何でも彼でも外国のものといえば飛び付く時代の文化、風俗に対して、この言葉は簡なりといへど一大痛棒だといへよう。
(文:神道百言:岡田米夫)
ありがとうございます
古事記編纂の時代より、今日のあり方は、昔のことを参考にするべしと語られています。
今から1300年ほど前に太安万侶は、今のこの世のありようを想像してこの言葉を書いたのでしょうか。
いやいや、日本の歴史には海外からの文化を取り入れて、その文化を日本流にしてしまった歴史が多々あります。
そう「日本流」に。
今は日本流にならずに、そのまま海外の文化を受け入れている。
なんで? 骨抜きになってしまった日本。
そこを変えていかなければ日本としての伝統の進化はないですね。
そう「日本流」に!
元明天皇や太安万侶が今の世を見たらなんとおっしゃるでしょう。
いや、常世の国からご覧になっていらっしゃるかもしれませんね。
今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
今だからこそ、もっともっと日本の文化を大切にしなければならないと思います。
素敵なことがいっぱいの日本文化を。
参考 本:「神道百言」著岡田米夫
HP:「日本最初の歴史書「古事記」とは何か?」より
日本人の道徳を意識して 日本語の「みち」
「大嘗祭」(11月14日深夜~15日朝) 「御代替り」「御世代り」の今年⑤